再生数じゃない。なぜこの「歪んだ月」の動画は、5年経っても愛され続けるのか?
私がYouTubeで公開している動画の中に、不思議な一本があります。
再生数が特別多いわけではないのです。でもコメントや感想メールで「この動画が一番好き」「何度もリピートしてしまう」という声をいただくのが、この動画なのです。
『2021年1月30日 さいたま新都心と昇る月』
大気の影響でゆらゆらと揺れながら昇ってくる月と、そこに重なる音楽。これを見た時に自分でも鳥肌が立ちました。
実はこの映像、いくつもの偶然とトラブルが重なって生まれたもので、もう二度と同じものは撮れないと思っています。
時計の針を2021年1月に戻します。緊急事態宣言の真っ只中で、県外への移動自粛が求められていた時期です。遠くの星空を撮りに行けない閉塞感の中で、ふと思いました。遠くへ行けないなら足元を見よう、と。そうして選んだのが地元の埼玉、さいたま新都心のビル群と昇る月というテーマでした。
撮影当日、三脚を据えて月の出を待っていたのですが、時刻が近づくにつれて冷や汗が出てきました。事前のシミュレーションが甘くて、月が出る位置が狙っていた構図から大きくズレていたのです。このままではビルの陰に隠れてしまうかもしれない。
もう考えている時間はありませんでした。重い機材を抱えたまま走りました。
この日の機材はSony α7sⅢにTAMRON 150-600mm(A011)の600mm側がメインで、動画後半は広角に切り替えています。拡大率が高いのでブレないよう一番重い三脚を持っていたので、走るのはなかなかきつかったです(笑)。息を切らして「ここだ」という場所に三脚を立てたのは、月が地平線から顔を出すほんの数分前でした。
結果は動画の通りです。
月はある程度の高さになると明るすぎて白飛びしてしまいますが、昇ってきたばかりの低空では模様まではっきりとらえることが出来ます。大気の影響でひしゃげたかたちになったのも良い感じです。
ギリギリ間に合ったその場所は、まさにドンピシャでした。大気で歪んだ月がさいたま新都心のNTTドコモ埼玉ビルの向こう側に、まるで透かし絵のように重なりながら昇っていく。計算して撮れるものではなく、あの場所にあの時間にいたからこそ見られた光景でした。
月が透かし絵のように重なったのは偶然です(笑)
そしてもう一つこの動画を特別にしているのが音楽です。当時契約していた音楽ライブラリ「Epidemic Sound」から直感で選んだ一曲を映像に乗せた瞬間、これだと思いました。月の動きと曲の盛り上がりがまるで最初からこの映像のために作られたようにシンクロしていたのです。
もしあの時自由に遠出できていたら、この動画は生まれていませんでした。場所を間違えなかったら、あの角度の月には出会えなかったかもしれません。制約があって、失敗があって、それでも走った先にこういう瞬間が待っているから、撮影はやめられないのだと思います。


